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大阪地方裁判所 昭和49年(わ)2619号 判決 1975年10月03日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある運転免許証二通(昭和五〇年押第八六号の一及び二)の各偽造部分、注射器一本(同号の三)、注射針一本(同号の四)を没収する。

本件公訴事実中、昭和四九年一一月九日付起訴状記載の公訴事実第二の覚せい剤不法所持の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、一、昭和四九年一〇月初めころ、滋賀県犬上郡甲良町大字呉竹一六〇番地の自宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、滋賀県公安委員会の記名刻印のある正木良太郎に対する普通自動車運転免許証(免許証番号第六〇六八一五二六八五〇―一二二三号)に張つてあつた同人の写真を自己の写真に張り替え、あたかも被告人が右運転免許証の交付を受けているようにし、もつて右公安委員会作成名義の運転免許証一通(昭和五〇年押第八六号の一)を偽造し、

二、同年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市天王寺区生玉町五六番地先路上において、警ら中の大阪府警察第一方面機動警察隊勤務の巡査垣田順一外一名から職務質問を受け運転免許証の提示を求められた際、同巡査らに対し、右偽造の運転免許証を真正に作成されたもののように装つて提示してこれを行使し、

第二、昭和五〇年四月六日ころ、前記自宅において、行使の目的をもつて、ほしいままに、滋賀県公安委員会の記名刻印のある山口庄政に対する大型第二種及び自動二輪の運転免許証(免許証番号第六〇六六〇〇八二〇〇〇―二〇三八号)に張つてあつた同人の写真をはがし、右運転免許証とビニール表紙の間に自己の写真を差し入れて密着させ、あたかも被告人が右運転免許証の交付を受けているようにし、もつて右公安委員会作成名義の運転免許証一通(昭和五〇年押第八六号の二)を偽造し、

第三、公安委員会の運転免許を受けないで、

一、前記第一の二記載の日時場所において、普通乗用自動車を運転し、

二、昭和五〇年六月三日午前一時五分ころ、大阪市天王寺区生玉町五二番地先路上において、普通乗用自動車を運転し、

第四、法定の除外事由がないのに、

一、昭和四九年一〇月二九日午後七時ころ、前記自宅前の路上に駐車してあつた普通乗用自動車内において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末耳かき三枚位を水に溶かして自己の身体に注射して使用し、

二、昭和五〇年六月二日午後一一時四〇分ころ、大阪市西成区山王三丁目二一番一三号先路上において、前同様の覚せい剤粉末耳かき一杯位を水に溶かして自己の身体に注射して使用し、

三、同月三日午後六時一〇分ころ、同市天王寺区上汐町六丁目三九番地の大阪府天王寺警察署において、前同様の覚せい剤粉末ビニール袋入り四袋(合計約二・〇四グラム)を自己のこ間に隠匿して所持したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の一の所為は刑法一五五条一項に、判示第一の二の所為は同法一五八条一項、一五五条一項に、判示第二の所為は同法一五五条一項に、判示第三の各所為はいずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条に、判示第四の一及び二の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第四の三の所為は同法四一条の二第一項一号、一四条一項に該当するが、判示第一の一の運転免許証の偽造と判示第一の二のその行使との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造運転免許証行使の罪の刑に従い、判示第二の罪は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い大型第二種運転免許証偽造の罪の刑に従うこととし、判示第三の各罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の二の偽造運転免許証行使の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、被告人は運転免許を受けていないのに自己名義の普通乗用自動車を所有して必要なときは無免許運転を繰り返し、それをごまかすためたまたま取得した知人の運転免許証を偽造して警ら中の警察官に提示して行使し、また覚せい剤をみずから身体に注射して使用したり、自己使用のためかなりの量の覚せい剤を隠匿していたもので、本件各犯行の罪質、回数、ことに被告人は無免許運転、運転免許証の偽造、覚せい剤使用等の犯行について保釈中に再び同種の罪を犯したことを考えると、被告人の刑事責任は決して軽いものではないが、被告人は自己所有の普通乗用自動車を既に処分していること、覚せい剤取締法違反の犯行は覚せい剤の譲渡事案ではなく、いずれも自己使用あるいは自己使用の目的で覚せい剤を所持していたというもので、その使用の点についても被告人には同種前科のないことなどからみて必ずしも常習性は認め難いこと、被告人には数回の前科前歴があるとはいうもののこれらはいずれも比較的軽微な事案であること、被告人は本件各犯行を素直に認め反省の色がみられること、その他被告人の生い立ちや家庭の事情などを考慮して、右刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある運転免許証二通(昭和五〇年押第八六号の一及び二)の各偽造部分はそれぞれ判示第一の一及び第二の各運転免許証偽造の犯罪行為から生じたもので、何人の所有をも許さないものであるから同法一九条一項三号、二項により注射器一本(同号の三)及び注射針一本(同号の四)はいずれも判示第四の二の覚せい剤使用の犯罪行為に供したもので、被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項により、それぞれ没収する。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、昭和四九年一一月九日付起訴状記載の公訴事実第二は、被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四九年一〇月三〇日午前零時三五分ころ、大阪市天王寺区生玉町五六番地先路上において、フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する覚せい剤粉末〇・六二グラムを所持したものである。

というのである。

被告人は、捜査段階及び公判廷において右公訴事実について自白しているのであるが、右自白を補強すべき証拠があるかどうかにつき検討する。

先に、当裁判所は、右日時場所において被告人から差し押えた物として検察官から取調請求のあつた覚せい剤粉末(以下、本件証拠物という。)については、警察官が被告人に対する職務質問中に、承諾を得ないまま被告人の上衣ポケツト内を捜索して差し押えた物であり、違法な手続により収集された証拠物であるとしてその証拠能力を否定するとともに、検察官から取調請求のあつた本件証拠物の鑑定結果等を立証趣旨とする証人についても、本件証拠物自体証拠とすることが許されないのであるから、右証人の取調も必要がないとしてこれを却下した。しかし、検察官は、第二回公判調書中の証人垣田順一の供述部分(以下、垣田証言という。)及び大阪府警察科学捜査研究所長作成の昭和四九年一一月七日付「尿中麻薬・覚せい剤鑑定結果の回答について」と題する書面(以下、鑑定書という。)の記載をあげ、これをもつて被告人の自白を補強するのに十分であると主張する。右垣田証言中には、「被告人の上衣ポケツト内からちり紙に包まれた白色粉末を取り出し、その一部をマルキース試薬で検査したところ覚せい剤反応を示した」旨の供述がみられるが、これは警察官である同証人が、前記のとおり被告人に対する職務質問中その着衣を違法に捜索して所持品を差し押えた過程で経験した事実に関する供述であり、本件証拠物の捜索差押を前提として得られたものにほかならず、右証言部分は、帰するところ本件証拠物の存在に依拠していると認められるのであるから、本件証拠物の証拠能力が否定された以上、右証言部分についても、同様に証拠とすることができないものとしてこれを排除するのが相当であつて、補強証拠とはなり得ないものと解すべきである。

また、鑑定書には、被告人から昭和四九年一一月一日任意提出を受けた尿中に覚せい剤フエニルメチルアミノプロパン塩類を含む旨の記載があるけれども、この証拠によつては、被告人が、右任意提出の日またはその以前これに近接した日に、覚せい剤を服用ないし注射するなどして使用した事実を推認できるのにすぎない。もつとも、被告人の自白によれば、被告人は昭和四九年一〇月二八日午後八時三〇分ころ、ばくち友達の通称つるさんという男の紹介で、六〇歳位の男からビニール袋入り覚せい剤粉末約一グラムを二万円で購入し、その場でその覚せい剤粉末耳かき三杯位を水に溶かして自己の身体に注射して使用したのをはじめ、翌二九日午前二時ころ及び同日午後七時ころ、自宅前に駐車中の自動車内でそれぞれ覚せい剤粉末耳かき三杯位を同様に使用し、その残量をビニール袋に入れたまま上衣のポケツト内に隠し持つていたというのであつて、右鑑定書がこの自白のうち覚せい剤使用に関する部分を裏付けていることは否定できないが、本件のごとき覚せい剤所持の事案においては、覚せい剤所持の方法・態様及びその量が犯罪事実の重要な部分であるから、この点について自白を補強するものでなければ、覚せい剤所持に関する自白の真実性を保障するに足りず、右自白の補強証拠とすることはできない。鑑定書の補強するところはさきに述べた範囲を出ず、ことに、身体に注射された覚せい剤は相当の期間尿中に検出されることをも考えると、右鑑定書によつて前記のような犯罪事実の重要部分を推認するわけにはいかないから、いまだ被告人の自白の真実性を保障するのに十分ではなく、これまた補強証拠とするに由ないものといわねばならない。

したがつて、本件公訴事実を認めるべき証拠としては、被告人の自白があるのみで、ほかに右自白を補強するに足りる適法な証拠は存せず、結局本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

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